空が青色から灰色に変化する。だいぶ雲が増えてきたらしい。ふと目を覚ますと父の車は高速道路を降り、ある場所へ向かっていた。ある場所とは川中島の戦いの時、武田信玄が居た城。海津城だ。現在の海津城は城門、城壁、石垣、堀、土塁のみがある。城門をくぐり場内へと入る。すると、城壁に無数の穴を見つけた。形は二種類。狭間だ。一つは鉄砲狭間。もう一つは弓狭間。武器の形状により違うのだ。狭間から場外をのぞくと人や車の動きがよくわかった。四百年前、武士は敵の様子をここから睨み続けていたのだろう。僕は今同じ所にいる。本で読んだ場面を思い出した。心が浮き立った。
次の目的地へ向かう。空が濃い灰色になっている。父の車はカーブが多くきつい傾斜の山道をエンジン音を響かせながら登っている。急に平らな場所に着いた。駐車場だ。周りにかがり火の模型がある。目的の場所へは歩いて一、二分の距離だが気がはやり何倍もかかる様な気がする。一歩一歩大地を踏みしめながら目指す地へ近づく。その度に期待感で鳥肌が立つ。
前方が開けた。目的地、展望台へ着いた。
ここは上杉謙信が川中島の戦いの時、陣取った妻女山だ。せり出た展望台の手すりギリギリまで進む。胸を張り前を向く。鼓動が高鳴る。そして、
「見えた!」
周囲二百度見渡せる景色。人や車の動き、地形がよくわかる。上杉謙信がここへ陣を張った理由が実感できる。戦において人の動きや地形は理解しておかなければならない大切な事。そのすべてが一度に見える絶好の場所なのだ。さすが謙信だと思った。しばらく無言でその景色を眺めている。何とも言えない感動が湧いてきた。四百年前、この地で上杉軍は何を見、何を考えていたのだろうか。
突然大粒の雨が落ちてきた。僕の頭や肩に打ちつける。それでも僕は、その場を離れられなかった。
僕が海津城、妻女山を訪れたのは小学三年の時、四年前だ。その時のことを今でも鮮明に思い出せる。まるで昨日のことのように深く心に刻まれている。そうか……もうこれが「ときめき」なんだ……。
四百年前の出来事から僕は「ときめき」を受け取った。長い年月を越えても伝わるものがある。それは当時の人々がその一日一日を懸命に生きてきた証なのだと思う。
僕もそう生きたい。謙信や信玄のように勇猛ではない。賢明でもない。しかし、この先の人生を大切に、思いを持って生きていきたい。僕は与えてもらったから。ときめく心からその力を。