選考委員講評

選考委員長

「ときめき」は身体に宿り、未来を作る
山極 壽一やまぎわ じゅいち 総合地球環境学研究所所長・人類学者

 今年のテーマ「ときめき」はとても人間的でありながら、他の生命とつながっている感覚であると思う。私が長年付き合ってきたゴリラもときめいているように見えることがある。大好きなフルーツを見つけたとき、仲良しの友だちと追いかけっこをして遊んでいるとき、目が輝いている。そんな時、明らかにゴリラはわくわくするようなエネルギーに満ちあふれているのだ。
 ときめきは人間の感性に正直な現象であるとともに、個人の経験と状況に大きく依存する。人間の子どもたちは、成長する中で自分が直面する状況にどう巻き込まれていくかを学ぶ。そして、その状況が自分に何を与えてくれたかを経験し、新しく出会う状況の中でそれを予期し、期待するようになる。その期待が未来の目標につながっていくのだ。
 「ときめき」は個人的な体験の中にある。作者がそれを開いてくれることで、私たちはそれを共有し、この世界が驚きと幸福に満ちていることを知る。このたび受賞した作品群はそのことを如実に示してくれた。一般の部で大賞に輝いた「幸せの匂いのする家」は、幼い頃に一人で聞いた家のきしむ音が魔物の叫びに聞こえ、それがかつて家を襲った災害と貧困につながっているという思いを抱いた記憶。しかし、それが思わぬツバメの大群の襲来で、温かな幸せに満ちた家に変わっていく過程をわくわく、どきどきといった心の変化とともに描いている。思わず、「そうだよなあ」とうなずきたくなる情景だ。季節の移り変わりと生きものたちの動きはこんなにも人の心を変え、生きる力を与えてくれるのである。兼好法師の筆も、そのような自然の営みに動かされていたのであろうと改めて思う。
 中学生の大賞は「魔法の箱と幸せな時間」で、本の王国で過ごす幸福に満ちあふれた作品だ。本は過去の時代を生きた人々の考えや物語を文字に変えて語りかける。作者はそれを歩きながら眺め、本たちのたたずまいがだんだんと違って見えてくることに気づく。それは本ではなく、自分が変わっているからなのかもしれない。でもそれは、図書館という世界を単に知識の収蔵庫としてとらえる従来の考え方に、新しい風を吹き込んでくれた。本の王国は時空を超えてさまざまな出会いを演出してくれる舞台なのだ。
 小学生の大賞は「私の妹と私の願い」だった。お姉さんとして可愛い妹を持ったうれしさを正直に語っている。この年代の子どもたちは、自分が世界にどう受け入れられていくかに注意を払うだけでなく、自分とは違う他者をどう感じ、受け入れていくかを学ぶ。共感力を大いに高めて人々のきずなを感じる年ごろだと思う。作者は自分には体験できないダウン症という病気を抱えている妹を、ひたすら「可愛い」と感じることによって寄り添おうとしている。妹と一緒に生き、世界を共有しようとしている。それは人間だけに生まれる貴重な能力であり、その姿勢が生き生きと伝わってくる作品だと思う。
 今回の作品は総じてレベルが高いと感じた。それは「ときめき」というテーマがエッセイを書くのにうまく合っていたからだろう。これからも多くの人たちが「ときめき」を感じ、それをみんなで共有できるような世の中になってほしいと切に思う。

選考委員

自分の体験に寄り添って言葉を紡ぐこと
茂木 健一郎もぎ けんいちろう 脳科学者

 言葉は、人の心を映す鏡。生成AIが発達するこの時代だからこそ、言葉を頼りにお互いの心を響き合わせたい。
 小学生の部、大賞の『私の妹と私の願い』は、かけがえのない個性を持った妹を思う気持ちがみずみずしくつづられていた。優秀賞の『サンダルのすきまから』は小さな命を見つめるまなざし、『あきらめない虫たち』は生命の強靭きょうじんさ、そして『初めての経験』は人とのふれあいのかけがえのなさを描く。佳作の『私とあの子』からは命のリレーを感じた。
 中学生の部、大賞の『魔法の箱と幸せな時間』は、本と出会うことの素晴らしさを見事に表現する。優秀賞の『ときめきは原動力』は探求することの意味、『四百年を超えて』は歴史に対する想像力、『ときめきは、いつもそばに』は的確な観察眼が素晴らしい。佳作の『僕のときめき』は科学する心、『どこも都』は交流することの喜びを記す。
 一般の部、大賞の『幸せの匂いのする家』には、家をめぐる物語の豊穣ほうじょうがある。優秀賞の『ミトンを編みながら』はラトビアミトンとの出会い、『足蹴にされた花たば』は、恩師との忘れがたい、小説のように劇的な思い出、そして『写真が教えてくれたこと』は母の人生の伏流を描く。佳作の『あくなき挑戦』は清々すがすがしい読後感があった。
 人工知能全盛の時代だからこそ、それぞれの個性から放たれる言葉に輝きがある。ChatGPTのような人工知能は、人間の書いた膨大な文章から統計的に学習して、もっともらしい文字列を生成する。一方、人間の個性はそのような最大公約数から外れるからこそ素晴らしい。人間が自分の体験に寄り添って言葉を紡ぐ限り、エッセイの意味は失われない。

心の動いた瞬間が伝われば
中江 有里なかえ ゆり 女優・作家・歌手

 エッセイは自分の想いを言葉で表したもの。今回のテーマ「ときめき」を言葉にあらわすのは難しいだろう、と正直心配していました。
 期待、喜び、恥じらい、思いがけない何かが起きた時、ふいに心が動きます。その動きを「ときめき」と呼びます。
 ときめきとは、焼き立てのグラタンのようでもあり、冷たいソフトクリームのようでもあります。どちらもすぐに食べなければ美味しさが半減してしまう。
 そう、「ときめき」は長く続かない。だから書き留める。
 文学は「ときめき」の宝庫です。
 小学生の部「私の妹と私の願い」も姉妹の絆を感じる素敵なエッセイでしたが「あきらめない虫たち」も好きでした。
 中学生の部「魔法の箱と幸せな時間」はタイトルから物語が始まっていました。こういう工夫もエッセイを書くコツです。
 一般の部「幸せの匂いのする家」。人の家にお邪魔した時に、その家の匂いを感じることがあります。幸せの匂い、いいですね。
 あえて「ときめいた」と書かなくても、心の動いた瞬間が伝われば、読む側の心はときめきます。
 選考では多くのときめきに触れることができて、心ふるえました。

中今なかいまを生きる常若とこわかの心
田中 恆清たなか つねきよ 石清水八幡宮宮司

 遠い過去が無性に懐かしく想い起される時、果てなき未来への空想に胸がふくらむ時、人は誰しも心のときめきを覚えるものです。はるか彼方に在るという理想世界や、神の如き輝きを放つ特別な人への憧憬しょうけいも、我々のときめき心を駆り立てる大きな原動力となるに違いありません。けれども、過去や未来や遠い彼方の世界に向かう心ではなく、今、この瞬間の心、自分とその周囲に広がる身近な日常に目を向ける人々の心は、果してときめいているでしょうか。
 古来、神道を奉ずる先哲たちの間では「中今」、あるいは「常若」という言葉で表される見方、生き方が尊重されてきました。この時々に生ずる今を、楽しい時も苦しい時も、若かりし日も年を重ねた今も、すべてを有るがままに、よどむことのない清新な風を全身全霊で受け止めるように、常に若々しく瑞々しく在り続ける。限り無く広がる過去と未来を結ぶ現在、このかけがえのない一瞬一瞬を、無為に過ごすことなく、晴れ晴れと心ときめかせながら、しっかりと抱き留める。そうした生き方によって、自ずと過去の傷も癒され諸々の経験は活かされ、明るい未来が眼前に開けていく、などと説かれてきたものであります。
 今回も印象に残る多くの作品に出会うことができ、私もいささかときめきを覚えました。各々の筆者が体験した鮮烈な心の響きは、本人以外の他人にはなかなか伝わりにくいものでしょうが、読者である我々の心をして少なからず共鳴せしめることに成功しているのは、ひとえに優れた文章力のたまものであるとも申せましょう。お蔭様にてようや八十路やそじの坂に辿り着いた老生も、応募してくださった皆様からのお裾分けとして、今をときめく若々しい感性を有り難く受け取らせて頂いた次第であります。

色々なときめきにワクワクしながら
寺田 昭一てらだ しょういち 月刊誌「歴史街道」特別編集委員

 第七回徒然草エッセイ大賞は、「ときめき」をテーマに、令和四年の六月から九月までの三か月間の募集でした。新型コロナウイルスが五月には第五類になり移動や行動の制限も緩和され明るい兆しが見える一方で、戦争や自然災害、命を脅かすような夏の暑さの中での募集となりましたが、一般の部一一六一作品、中学生の部七四四作品、小学生の部四九九作品の秀作が全国から寄せられました。ここでは、選評にかえて選考過程をご紹介します。
 徒然草エッセイ大賞は、四回の選考過程を経て授賞作を選んでいます。まず、応募規定を満たしているか、文章としての推敲すいこうがなされているか(誤字・脱字も含めて)という点を中心に、各作品をプロのライター、編集者数名で評価する事前選考を行ない、一般の部一六一作品、中学生の部一二一作品、小学生の部五四作品を一次選考作品として選びました。一次選考では、各作品を八幡市の市民選考委員三名、PHP研究所の編集者二名の計五名がそれぞれ五段階で評価。その総合点をもとに、二次選考では月刊誌「PHP」「歴史街道」「Voice」、月刊文庫「文蔵」の各編集長及び編集長経験者により、再度、文章力・表現力・内容を精査して、一般の部、中学生の部、小学生の部それぞれ二〇作品を最終選考作品に選定しました。そして最終選考では、六名の選考委員が、それぞれの作品を五段階で評価した上で、総合点をもとに山極壽一選考委員長を中心に再度精査を行ない、各部、大賞一作品、優秀賞三作品、佳作五作品を授賞作品として決めました。SDGsの「持続可能な」という言葉ではありませんが、一時的で派手な「ときめき」というよりも、人生を送る中で静かに持続しつづける「ときめき」を描いている作品が多かったように感じました。色々なときめきにワクワクしながら、作品を拝読する豊かな時間をいただくことができました。応募者の皆さんに感謝します。

ごあいさつ

川田 翔子 かわた しょうこ 八幡市長

 この度、山極選考委員長をはじめとする選考委員の皆様並びに多くの方々のご協力により、第七回徒然草エッセイ大賞「入選作品集」が、ここに刊行できますことを心より感謝申し上げます。
 徒然草エッセイ大賞は、平成二十九年の本市市制施行四十〇周年を機に創設をいたしました。「方丈記」「枕草子」と並ぶ日本三大随筆の一つと言われる「徒然草」の第五二段では石清水八幡宮が舞台となっていることは教科書にも掲載されており、多くの方がご存じだと思っております。本事業は、本市の歴史の発信とAI時代の日本語を考える一助とすることを目指すとともに、『文化芸術都市・八幡市』の推進及び発信を目的としております。また、市民の皆様に対し、郷土に対する誇りや愛着を持つ機会の提供の場と考えております。
 第七回のテーマは「ときめき」といたしました。「徒然草」第八段では、兼好ならではの「ときめき」を語っていますが、現在では、長きにわたるコロナ禍もようやく終息し、いよいよ以前の日常が戻ってきました。そんな中で過去のテーマを超えて、前向きで希望に満ちたテーマとして、「ときめき」を選ばせていただきました。その結果、様々な「ときめき」が散りばめられた作品の数々が届き、一つ一つの作品から皆様の生活に息づく様々な「ときめき」を垣間見ることができ、これからの社会への希望や幸せを感じることができました。
 今回におきましても、日本国内のみならず海外からもたくさんのご応募をいただきました。応募総数は二四〇四件に上り、どれも希望に満ちた素晴らしい作品ばかりでした。
 その中で特に素晴らしかった作品を本作品集に掲載させていただきました。是非、掲載された作品に目を通していただき、素晴らしいエッセイをお楽しみください。
 受賞された皆様には、心からお祝いを申し上げるとともに、今後ますますのご活躍を祈念いたしまして、巻頭のご挨拶とさせていただきます。

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