大賞

すみれの花束
長野県松本市 三代澤 咲みよさわ さき(15)

 『とん ことり』という絵本がある。
 主人公のかなえは、街に引っ越してきたばかりの小さな女の子。なかなか友達ができずに一人で過ごす毎日だったが、ある日玄関から「とん、ことり」という音が聞こえる。かなえが走って玄関に行くと、郵便受けの下にはすみれの花束が落ちていた。しかしドアを開けると誰もいない――。
 作家の筒井頼子つついよりこさんによる心温まる絵本である。その後も郵便受けには、毎日のように手紙や折り紙が届く。最後にかなえはそれを届けていた女の子を見つけ、この町で初めての友達を作ることに成功するのである。幼少期、私は母に何度も「読んで」とせがんだ思い出がある。
 高校生になって、SNSでたくさんの友人とつながるようになった。昔から使っていたトークアプリにも徐々に友達が増え、交友関係や視野を広げることができた。SNSは多くの面でとても便利であり、今の社会には欠かせないものだ。
 しかしSNSの負の面が今声高こわだかに叫ばれている。特にこの問題は、私たちティーンの間で深刻だ。私の同級生の中でも、深夜までスマホを使うせいで授業中に寝てしまう人、あるいは、他者の投稿や自分の投稿への反応を気にして頻繁ひんぱんにスマホをチェックする人も多い。むしろ健康的にSNSと付き合えている人の方が少ないのかもしれない。また、こういったネット上での繋がりはとても希薄なものだとも言われる。私のトークアプリの友達フォルダにも、もう一年以上話していない友達が何人かいる。コロナ禍で友達ともなかなか会えない今、繋がりを維持することはますます難しくなっている。
 私はこういった面でSNSが苦手であり、その代わりに手紙を書くことがとても好きだった。中学校で英語弁論大会に出場した際にも、手紙で繋がった経験や手紙を書くことの幸せについて話した。その大会は東京で行われたため、出場者は皆同じ宿に泊まった。私はその時のルームメイトだった四人と意気投合し、とても仲良くなった。コンテストが終わり、別れぎわにそのうちの三人とはメールアドレスを交換した。ところが一人は携帯を持っていなかったので、住所を聞いて手紙を書くことにした。絶対にまた会おうね、連絡するねとさびしさの中別れて帰途きとにつく。
 家に帰り、まず住所を聞いた友達に手紙を書いた。本当にたわいのないことが多かったが、書いているだけで楽しかった。他の人にはメールを送った。その後もそれぞれとしばらくやり取りが続いた。
 いま、その時からすでに二年が経とうとしている。改めて考えてみると、現在もやりとりが続いているのは手紙を送り合っている友達ひとりだけである。彼女とはずっと、お互いの好きな音楽の話や暮らしのこと、夢のことなどを手紙で語り合い、良い繋がりを保っている。この二年で私は、彼女についてかなり多くのことを知ることができた。そして彼女の生き方からたくさんの影響を受け、暮らしと心が豊かになった。お互いの地域の美味おいしいものを送り合ったこともある。ところが他のルームメイトとは年賀状をやりとりし、誕生日を祝い合う程度の仲になってしまった。
 弁論大会で手紙についてスピーチした当初は、手紙とSNSの大きな相違点として「文面を練る時間」にしか気が付くことができなかった。しかしその友達とのやりとりを経て今は、より重大な違いに気がつくようになった。それは「相手を待つ時間」である。手紙が届いて開封する。時間がある時にのんびりと返事を書く。ふと思い出したときにポストに入れる。そして郵便屋さんの赤いバイクが、相手のところまで届けてくれる。この長い道のり、それをあせるよりむしろ楽しむことができるのが手紙だ。SNSでは着信が来たらすぐに確認し、既読きどくをつけたらすぐに返信せねばならないという焦りが常につきまとう。そして自分が送ったメールの返信を待つ、期待や不安のある時間が短いぶん、やり取りの楽しみも少ない。
 また手紙では、それを出した後に相手のことを忘れたとしても、返事が帰ってきた時や封筒を目にした時にふと思い出すことができる。忘れていたことをふと思い出して懐かしむとき、その記憶は心に以前より強く刻み込まれるものである。相手を待つ、或いはいちど忘れてから思い出す、ということは、「繋がり」を強めるためのとても大切なプロセスなのだと思う。
 『とん ことり』でかなえは、いつの間にか次の贈り物を心待ちにし、玄関からの音に耳をませるようになっていたのであろう。今や繋がることがとても簡単になり、やり取りがスピーディーであることが重んじられる社会である。そして特にその色が濃い「JK」である私が手紙を好み、また文通相手を特別好きでいるのは、ふとした時に玄関からの「とん、ことり」という音、すみれの花束が届く音に、耳を澄ませているからなのかもしれない。

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