選考委員講評

選考委員長

変化の先にあるもの
山極 壽一やまぎわ じゅいち 総合地球環境学研究所所長・人類学者

 今年から新しく選考委員に加わらせていただき、しかも委員長の大役をおおせせつかった。山折哲雄先生の後を引き継ぐのはあまりにも重い役であるとおののきながらも、日本の伝統文化の底流となるエッセイの数々に魅了されてお引き受けすることにした。非力ながらも、ご期待に沿えるよう努力したいと思う。
 さて、今年のテーマは「変化」である。まさに新型コロナウイルスの時代にふさわしい。感染を防ぐために3密(密集、密閉、密接)を避け、巣ごもりをしながらいつもとは違う日常を送ることを余儀なくされた。兼好法師のように「つれづれなるままに」身の回りの小さな変化を眺めつつ、世の中の出来事をわが身に引き寄せつつじっくりと考える機会を持ったのではなかろうか。寄せられたエッセイもそうした数々の「変化」を自分の体験として読み解き、この世を流れる人間のごうとして表現し、未来へ向けて提言してくれる作品が多かったように思う。
 大賞を選ぶのに結構意見が分かれたが、受賞した作品は素晴らしい出来栄えだったと思う。小学生部門で大賞に輝いたのは横浜市立青葉台小学校六年生内田博仁君の『限界なんてないんだ』という作品。言葉を話せない障がいを持つ自分に知性がないと思われていた悔しさをばねに、ある先生の一言をきっかけにして言葉を「書く」楽しさと能力に目覚めていく様子が生き生きと語られている。少し前にパラリンピックの選手の方々と話をした時、障がいは個性の一つだという意見を聞いて納得したことを覚えている。人間はそれぞれ個性を持つからこそ、つながる楽しみがある。他人と違う自分を発見することは、自分の個性と能力を伸ばすことになるし、それは結果として他人にはできない社会貢献を果たすことになるのだ。
 中学生部門は東京都立富士高等学校附属中学校三年の宮本桜帆さんの『めくるめく成長過程』という作品。中学校の三年間で心身が急速に発達するなかで、友達が急に大人びてきたり、自分に対する態度も変わったりする。恋の告白を受けたこともその一つ。とりわけ新型コロナウイルスで家に閉じこもった後に、すっかり成長した友達と会ったのは衝撃的だった。そんな変化が素直な感動と未来への期待とともに語られていて、おもわず自分の青春時代を思い出してほっこりしてしまった。
 一般部門は大阪府堺市の今岡静雄さんの『兄の火葬』という作品。小学校六年のときに、次兄の死に出会い、その火葬の情景を思い出すままに書きつづったものだ。火葬を取り仕切る隠亡焼おんぼうやきと呼ばれる一見武骨な男に導かれて、自分を可愛がってくれた死者と溶け合い、静かな別れを果たす。それは幼い心に生と死がつながっていることを教えてくれたのであろう。著者の人生の中にその体験が静かに響き続けているような美しい文章だった。
 他にも、いくつか心に残った作品があった。中学生の部門で優秀賞に輝いた八幡市立男山第三中学校二年生毛利田菜未さんの『一つの輪』という作品。知的障がいを持つ妹を愛情をこめて描いている。家族で連れ立ってスーパーに買い物に行き、妹が楽しそうに走り回るのを追いかけていると、出会った主婦の人が「かわいそう」という言葉を投げかけた。そうじゃない、苦手なことがあるだけで、ほかの人と何も変わらない。そのとき感じた怒りや悲しみから、人々は得意なことで他の人の苦手なことを補いながら一つの輪のように生きていかねば、という熱い思いを吐き出している。その通りだ。私たちは日常触れ合うさまざまな出来事の中で、憤慨ふんがいし、涙を流すような感情にとらわれることがある。それを心の中で押し殺してしまうのではなく、この著者のように言葉にして行動する「勇気」が必要だ。
 一般の部門で優秀賞に輝いた大阪府河内長野市の和田真理子さんの『清々しいチューリップ』という作品も素敵だった。窓を開けた時にふと気づいた白いチューリップ。それが自分に呼び掛けたような気がして家に迎え入れ、毎日眺めていると、まるで話しかけられるような気分になる。その中で感染症を避けるために生活スタイルを変えざるをえなくなった人々に思いが及ぶ。そして、やや寛容に世の中を見つめられるようになった自分の心の「変化」に驚く。チューリップの日々の細かな変化を、置かれた環境に適応しようとする態度と見なし、自分に対する訴えとみる視点の移り変わりが絶妙だ。私もアフリカのジャングルでゴリラを追いかけながら、日々出会う植物たちの顔に多くのメッセージを感じたものだ。
 昨今はフェイスブックやツイッターで短い文章をやり取りすることが増えた。日記をつけなくなり、代わりにスケジュール表に予定を書き込むようになった。でも、やはり日々の体験を言葉にして自分や社会を見つめ直すことが、新たな自分や世界の本質を理解するために不可欠だ。今回の作品群は「変化の先にあるもの」をしっかりと見つめ、その大切さを示してくれたように思う。

選考委員

時を超えた人の絆
茂木 健一郎もぎ けんいちろう 脳科学者

 難しい時代だからこそ、自分のやり方で世界を切り取り、言葉にのせていく行為がいかに私たちを慰撫いぶしてくれることか、そんな手応えを感じる素晴らしい作品が集まった。入賞作以外にも光る原石がたくさんあった。
 小学生の部、大賞の『限界なんてないんだ』は、自分の個性と向き合いつつ、徐々に言葉を、そして世界を獲得していくそのみずみずしい感性に心を打たれた。優秀賞の『みちくさ』はコロナで失われた日常の大切さを、『国』は異文化の出合いのちょっとドキドキする温かさを、そして『お金では買えない物』は「欲しい」をめぐる心の動きを率直に描いた。
 中学生の部、大賞の『めくるめく成長過程』は、思春期の心の揺れを描いて、二度と戻らない人生を日々を感じさせる。、優秀賞の『一つの輪』は多様性や包摂ほうせつについての気づきを、『「修行」中学生』はこの状況下で工夫して懸命に生きる姿を、『パズル』は人と人との出会いから生まれる「音楽」をつづる。『時の流れとナポリタン』には文章に光るセンスを感じた。
 一般の部、大賞の『兄の火葬』は人生の別れの時に起こる具体を描いて傑作映画の一シーンのようだ。優秀賞の『清々しいチューリップ』では作者の独自の感性が、『足袋で占う新世界』は足袋という小世界から見える大世界の息吹が、そして『三本足のにわとり』は人生の偶然の御縁の不思議さが印象的である。『約束の更新』は鋭い観察眼と確かな文章力が頼もしい。
 吉田兼好が生きていた時代も、現代と同じくらいあるいはそれ以上に苦しいこと辛いことがあったろう。振り返り表現することで私たち人間はより自由に、そして優しくなれる。エッセイの可能性を改めて感じさせる機会となった。

多くの「変化」に触れて得たもの
中江 有里なかえ ゆり 女優・作家・歌手

 この世に変わらないものは何もありません。ただどう変わっていくかは人それぞれ。
 例年になく変化が激しかった一年に、それぞれの「変化」を書き留められ、読ませていただき、わたしの心も変化したような気がします。
 「小学生の部」の「みちくさ」には胸を打たれました。みちくさは「不要不急」と呼ばれてしまうかもしれないけれど、みちくさする隙間や余裕が人には必要です。そんなことを思い起こさせてくれました。
 「中学生の部」の「めくるめく成長過程」は定点カメラのように、周囲の変化をつぶさに書き留める感性が素晴らしいです。成長は見えるものだけではなく、心は十分成長していると思います。
 「一般の部」の「兄の火葬」は掌編しょうへん小説のような味わいと切なさを覚えました。読み終わってからしばらくして「変化」というテーマで書かれていることを思い出し、さらに胸が締め付けられました。
 今年のテーマ「変化」はまさにこの一年を表す言葉でした。人に会えない日々、戸惑いの日々、自省じせいの日々、同じような一日でも考えることは毎日違う。自分に向き合う日々でした。
 ステイホームの中で読み書きの楽しみを知った方もいらっしゃるかと思います。
 多くの力作に触れて、元気が出ました。ありがとうございます。

「今」だからこそ見えてくるもの
田中 恆清たなか つねきよ 石清水八幡宮宮司

 今回、疫病の世界的流行という「今」に焦点を当てた作品が多数を占めたことは、時節柄当然のことと思いますが、成人の部では「過去」に目を向けた作品も数多く見受けられました。もっとも、幼少期や青春時代の体験は、一生を通じて深く心に刻まれるもので、「兄の火葬」や「三本足のにわとり」などに描かれた印象的な過去の逸話も、作者の脳裡のうりに保存された永遠の「今」と見ることができるでしょう。ふだん物言わぬ裏庭のチューリップや武道家の足袋たびが、「コロナ禍」に直面してにわかに意味ある存在として浮かび上がってくるというのも、なかなか示唆に富んでいて面白く読ませていただきました。
 小・中学生の皆さんも、日々の生活を瑞々しい感性で受け止め、新たな「気づき」を足掛かりに、この険しい坂道を一歩ずつ前に向かって進んでいこうとしていることが、それぞれの作品から伝わってきました。今は誰も「明日はこうなる」と明言することのできない状況が続いていますが、このような時にこそ、目に見えない存在や、これまで無関心だった事柄に心を寄せてみるのもよいでしょう。そうして新たな可能性を信じ、日々努力を積み重ねていけば、それが明日の成長へのかてとなり、いつか必ず報われる日が来るに違いありません。私も健常とか障害という区別、あるいは国籍や身体的特徴などの違いを超えて、人が成長し変化していくことに「限界なんてないんだ」ということを、改めて教えられたように思います。
 今回もすばらしい作品をお寄せ下さった全ての皆様に敬意と謝意を表し、併せて新型コロナウイルス感染症の一日も早い終息を祈りつつ、本稿の結びとさせていただきます。

審査選考について

キラリと輝く重みのある作品が勢ぞろい
寺田 昭一てらだ しょういち PHP総研シニアコンサルタント・月刊誌「歴史街道」特別編集委員

 第四回徒然草エッセイ大賞は、コロナ禍の中での募集となりました。世の中全体が活動を一時停止したような状況の中での募集でしたが、一般の部一九八六作品、中学生の部八一三作品、小学生の七六五作品と、昨年度を大きく上回る作品が全国から寄せられました。ここでは、選評にかえて、選考過程をご紹介しましょう。
 徒然草エッセイ大賞は、四回の選考過程を経て授賞作を選んでいます。まず、応募規定を満たしているか、文章としての推敲すいこうがなされているかという点を中心に、各作品をプロのライター、編集者数名で評価する事前選考を行ない、一般の部一三六作品、中学生の部七七作品、小学生の部六三作品を一次選考作品として選びました。一次選考は、八幡市関係者三名、PHP研究所の編集者二名の計五名が各作品をそれぞれ五段階で評価。その総合点をもとに、二次選考では、月刊誌「PHP」「歴史街道」「Voice」、月刊文庫「文蔵」の各編集長と編集長経験者により、再度、文章力・表現力・内容を精査して、各部それぞれ二〇作品を最終選考作品に選定。六名の最終選考委員が五段階で評価した後、総合点をもとに、山極壽一審査委員長を中心に検討を行ない、各部、大賞一作品、優秀賞三作品、佳作五作品を入選作品として決めました。コロナ禍・巣ごもりの中で時間ができたこともあるのでしょうか。本年の応募作品は内容的にも文章的にも推敲されたものが多く、また自分自身や世の中を改めて見つめなおしつつ「変化」というテーマに立ち向かった秀作が多くありました。その意味では、応募作すべてに、その作品ならではのキラリとした輝きと重みを感じさせられました。

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