一般の部

佳作

二つの秘密
兵庫県宝塚市 鈴木 真里子すずき まりこ(65)

 その不思議な音を知ったのは、ある園芸サイトに書き込まれた文章だった。
「はさ」
 タイトルにそう書いてあり、何のことだろうと思って読んでみると、キキョウのつぼみが開くときの音だという。
 驚きと申し訳なさがいっぺんにあふれた。
 昔、祖母が畑をつくっていて、畑のはしにキキョウが植えられていた。毎年、秋の初め、紫色の花をたくさん咲かせていた。つぼみは薄いみどり色で、ぷっくりとふくらんでいた。私は子どものころ、だれもいない畑で、そのつぼみを次々につぶしていくのが好きだった。
 あのつぼみに、そんな秘密があるとは知らなかった。私はキキョウの大切な秘密を、片っ端から壊していたのだ。
 今年はもう一つ、新たに知ったことがある。ルコウソウの秘密である。
 夏の初め、私のベランダ園芸に触発されて、夫も何か植えてみたいと言い出した。何がいいか尋ねると、若いころ、私の祖母からタネをもらって育てたルコウソウをもう一度やってみたいという。
 それ以来、いく先々の園芸店でルコウソウのタネを探したが、なかなか見つからず、まく時期も終わりかけにやっと見つけた。
 夫は意気揚々とプランターをそろえ、タネをまいた。ところが、芽が出て葉が伸びてくると、どうも自分の思っていたルコウソウとちがうと言う。
 夫が昔、私の祖母からもらって植えたルコウソウは、葉っぱがもっと丸いのだそうだ。そういえば、私が子どものころに見た祖母のルコウソウは、アサガオのような葉っぱの形をしていた。今植えている細いレースのようなギザギザの葉っぱではなかった。
 それからルコウソウについて、二人で調べ始めた。ネットでいろいろ検索しているうちに、ルコウソウには三種類あることが判明。ルコウソウ、マルバルコウソウ、ハゴロモルコウソウである。今、わが家でタネを買ってきて植えたルコウソウは、一般的なルコウソウで花の色も赤、白、ピンク。マルバルコウソウは葉が心臓形で、花はオレンジ色。ハゴロモルコウソウは、両方をかけ合わせて作った種類で、花も葉っぱの形も、両方の中間、色は赤だけということがわかった。
 祖母が植えていたルコウソウは、ハゴロモルコウソウだったのだろう。
 子どものころは、キキョウもルコウソウも、そこにあるのが当然のように思っていた。何の気なしに、つぼみをつぶしたり、花をみ取ったりしていた。何十年もたってから、その花の秘密に触れるなんて、考えもしなかった。
 ふと、祖母の人生に思いをせた。
 花が好きな人だった。わが家には、いつも四季折々、さまざまな花が咲いていた。祖母は、花を切ってはご近所に分けてあげたり、私の学校に持っていかせたりしていた。あの花たちは、祖母の手入れがあってのことだった。
 キキョウ、ルコウソウ、すみれ。小さく可憐かれんな花が好きだった祖母。
 正反対に、祖母の人生は、りんとして力強いものだった。気丈きじょうな人だった。
 昨年、実家を処分したときに、仏壇の下のもの入れに、黒い筒があった。中をあけてみると、何枚かの証書がくるくると丸められており、その一番しんのところに、しわしわの茶色い証書があった。開いてみると祖母の名前が書いてあり、看護婦の免許状であった。
 祖母は、産みの母を早くに亡くし、ひとりで生きていくために看護婦の免許を取ったと言っていた。そのあかしが私が目にしている証書だった。
 地元で国家試験に落ちたら恥ずかしいから、隣県まで行って受験したと言っていた。そのとおり、免許状には、隣県の名前が記されていた。
 私はその免許状を目にしたとき、祖母の秘密に触れたような気がした。何十年も大切に保存してきた看護婦の免許状。そこに、祖母の歩んできた人生が垣間見かいまみえた。
 キキョウの花を思い浮かべながら、祖母の人生を思う。私が知らなかった「はさ」。私が知らなかった祖母の心情。
 今となっては祖母に聞くすべもないけれど、ベランダで育て始めた花たちの世話をしながら、人それぞれ、花一つひとつの尊さを思う。せめてもの罪滅ぼしのような気もして、念入りに花の手入れをする日々である。


注釈:文中、看護婦となっているのは、祖母の当時の呼称を尊重した作者の意図によるものです。

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