中学生の部

大賞

自己開拓
札幌市立明園めいえん中学校 2年 石河 聖いしかわ しょう

 僕は、10歳の時に「場面緘黙症ばめんかんもくしょう」だと告げられた。場面緘黙症とは、ある特定の場面・状況でだけ話せなくなってしまう病気だ。僕の場合は、家族との会話以外は、誰とも話すことが出来なかった。お店で、店員さんに声をかけられても答えられない。幼稚園や学校でも、挨拶あいさつさえ言えなかった。先生にうながされて、友達に「おはよう」と言えた瞬間、なぜか大泣きしたこともある。
 周りのみんなは、 僕のことを「話さない子」だと思っていた。本当は、「話せない子」が正しいのだけれど、誰にもわかってもらえなかった。僕は誰かと話すのが本当は大好きで、家ではずっと話し続けていた。
 ただ、外では誰とも話せないから友達は居なかった。
いつも「一人ぼっち」だった。僕は、仕方ないとあきらめていた。だって話せないから……。自分でも頑張ってみんなと話そう、声を出してみようと思ったことは何回もある。
でも、思っていても実際に声を出すことは難しくて、そのたびに、思うように話せない自分自身に、とても腹が立っていた。
 本当は、友達と一緒に遊びたい。休み時間に皆とサッカーやバスケをしてみたい。友達と放課後や休日に遊ぶ約束をしてみたい。授業中、先生にあてられても答えられないのは、わからないからじゃない。ただ、 言葉を発することができないだけなのに、誰もわかってくれない……。
 僕は、小学校の卒業証書授与式の返事すらできなかった。このまま中学生になって良いのだろうか……。今変わらなければ、一生変われない。ずっと「話さない子」だと思われたままだ。挨拶あいさつするだけで泣くような自分が、皆と同じようになれるのか不安はあったが、僕は今までの自分と別れを告げて、新たな自分に、普通の中学生になりたかった。
 僕にも中学校生活への夢がある。小学生までの自分に別れを告げて、新しい生活を楽しみたい。僕は、自分自身に誓った。「話さない子」とは、もう誰にも言わせない。「変わろう」。
 中学校に入学すると、とても良い先生に巡り合えた。僕が「話せない」ことを理解してくれる先生だった。先生と少しずつ話すうちに、周りの生徒とも話せるようになっていった。自分のからを打ち破ることはとても勇気が必要だったけど、初めて友達もできた。授業中も発表できるようになり、もっと積極的に人とかかわりたいと思うようになった。今は新しい生活がとても楽しい。周りの人からは、小学生の時とは全然違うね、と言われるようになった。毎日、友達と会話して、一緒に遊ぶ。僕にとっては、そんな当たり前の日常がとても楽しく充実している。僕は、時間はかかったけれど、新しい自分に変われた。
 人は自分次第で新しい自分へと変われる。僕の目標は「自己開拓」。今日の自分より明日の自分は、何か一つでも、どんな些細ささいなことでも、成長していると感じていけるように、これからの人生において、常に「自己開拓」を心がけて生きていく。


@無断転載はご遠慮ください。