佳作

父と娘、心の出会い
埼玉県小川町 清水 正行しみず まさゆき(71)

 親子の心の出会い、というものは、意外なきっかけでやってくる。
 私と娘の場合、それは娘が小学校五年生のころの、とある体罰事件がもたらしてくれたように思う。
 私は当時、PTA会長を務めていた。
 ある日、宿題を忘れた五年生の女子が廊下に立たされた。冬だというのに、靴も靴下も脱がされて、裸足のままで一時間も廊下に立たされたと言う。
 立たされた娘の母親は、娘の口からそれを聞いて激怒した。誰だって忘れることはあるのに、あんまりひどすぎる体罰だ、と。その母親がそれを周囲に吹聴ふいちょうすると、同調する母親も出てきて、たちまちうねりになり、数人の母親が校長室にネジ込んだ。
 やがてPTA会長の私の耳にも入ってきて、私が校長から聞いた話では、立たされた少女にはいろいろと悪い点があったのだと言う。単に宿題を忘れただけでなく、素行の悪い点がいくつかあり、とりわけ耳の悪い同級生に意地悪をしたのだと言う。
 しかし、一度声を上げた母親たちは引っ込みがつかなくなったのであろう、学校は体罰を容認するのですか、と息巻いた。
 担任は若い男の教員で、大人しそうな性格であり、何度かPTAでも謝罪の意を表したが、いきり立ったPTAの空気は容易にはしずまらなかった。学校側も対応に行き詰まって、校長と教頭が会長の私に何度か相談を持ち掛けてきた。それを受けて私は、関係者を集めて丸く収める方法を検討したが、そのめどは立たなかった。
 ある夜のこと、家の娘が珍しく私を自分の勉強部屋に呼んだ。日ごろは忙しさにかまけて、親子の会話も乏しい二人であったから、私は何事かと思い期待も抱いて娘の部屋に入った。するとそこには、意外にも、問題の発端となったあの少女が来ていた。聞けば、二人は親友であると言うではないか。私はいささか緊張して、娘とその親友から詳しい話を聞いたのである。
 少女は涙をポロポロ流しながら、素直に心情を語ってくれた。私の娘も共感して泣いていた。少女が吐露とろした心情は、私の胸にみるものであった。家庭内のいくつかの理由で、彼女は大人社会に反発していた。そのせいか気持ちがとげとげしくなっており、友達とのいさかいも少なくなかったと言う。学校にも反感を抱いていなかったとは言えない。
 だが、少女は正直に打ち明けてくれた。今回自分が廊下に立たされたのは、耳の悪い同級生を馬鹿にしたからです。先生はそれをいましめたかったから、私を裸足にして立たせたのです、と。
「だから先生は悪くないんです。悪いのは私。このままだと先生は、学校から罰を受けて転校させられちゃうかもしれない。あたし、そんなの絶対嫌なんです」
 私はそれを聞いて、少女の気持ちは尊いと思った。その思いを無にしては大人の責任は果たせない、と確信した。娘も私にすがるような目を向け、何とかしてあげて、と訴えていた。だが、すでにこの問題は生徒一人の問題から遠く離れていて、教育委員会の対応いかんにかかっていた。
 ところが、数日後にこの問題は急な展開を見せ始めた。誰もが想像しなかった方向へ推移していき、一件落着の見通しに突き進んでいった。というのは、学級全員の生徒たちが署名をし、校長とPTAに先生を罰しないでと訴え、廊下にポスターまでペタペタと貼ったのである。
 これにはお母さん方もびっくり仰天した。そもそも体罰の犠牲者であったはずの生徒たちの、この意思表示の意味は何であろうかと、議論があちこちで沸騰ふっとうした。
 結局、あの体罰騒動は生徒から水をかけられて急速にしぼんだ。校長から私に、あの件については当事者の母親から取り下げの意思表示があった、という知らせも届いた。
 数日して、担任の若い教員が私の家を訪ねてきた。私の前で丁寧に頭を下げる教員に、私は、礼なら子供たちに言ってください、と言った。
 するとそばにいた娘が、そっと教員に耳打ちしたではないか。
「本当は私たち、パパの言ったとおりにしただけなんです、先生」
 それ以来、私の心と娘の心は、固く手を握ったままである。娘は現在、一人の男児を育てており、可愛い孫は今年で小学校五年生となった。


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